デジタルアニメ制作は、アニメーターの運命を左右するかもしれないという話

ブログ 〜によって 遠山 怜欧
2023年08月01日

デジタルアニメ制作は、アニメーターの運命を左右するかもしれないという話

デジタルアニメ制作は、メリットしかない。完成までに要する膨大な作業工程を想像すれば、誰でもそう思うことでしょう。しかし、話はそこで終わリません。まだ隠された重要なメリットがあるのです。デジタルアニメ制作は、アニメ業界に何をもたらしてくれたのか。アニメの成り立ちを分析しながら追求してみました。

今、デジタルアニメ制作が必要とされている理由を問われたら、以下の回答が挙げられます。

  • 高精細度テレビジョン放送が通常となり、4Kなど、高い画質が求められるから
  • ワークフロー上で3DCGの素材が多用されるから
  • セルやアニメカラーの生産が終了となり、クリンナップと仕上げ以降がすでにデジタルだから
  • 鉛筆や紙はエコではないから
  • 素材の受け渡しが楽になり、リモートワークや外注に向いているから

いずれの答えもデジタル化のメリットであることは間違いありません。しかし、ここでは、アニメ制作という小カテゴリーから一歩退いて、フル・スクラッチの映像作品の制作という意味において、いかにデジタル化が恩恵をもたらすかを考えてみました。

元来、日本の表象芸術において「枠」や「構図」という概念は非常に重要なこと。「構図」を完璧に捉えなければデジタルアニメ制作へは進めないからです。

美術系の予備校や専門学校・美大では徹底して「構図を取る」ことをまず教わります。平面も立体も被写体をどのアングルで、どのスケールでフレーミングするかという作業が完成作の良し悪しのすべて決定づけると考えられているからです。

ここに、一枚の日本画があります。昭和十八年「戦争美術展」画集からの抜粋です。

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画面左側に零式戦闘機が見え、右のほうには砲口がいくつかあり、白い制服の人影が手を振っていることで戦闘機が飛び立つシーンであることが理解できます。

描かれているものは少ない。しかし、充分にその様子が伝わってきます。それが構図の力です。画面中央に大きく空間が空いていながらも、左側の零式戦闘機と艦上の水兵や物との関係は強い。いくつかの砲口の角度、水兵達の視線、そして吹き流しの角度は、すべて画面右下から左上に向かって放射状に延びる仮想のベクトルと一致します。

中央と周囲の空間は、戦闘機と艦上の間に生まれる緊張感を下支えする活性化された空間として画面全体を引き締めているのがわかります。古い日本画ではあるが構図の取り方に古いも新しいもなく、デジタルアニメ制作になっても変わらない基本中の基本といえます。

「構図を取る」作業は、センスを問われます。どのような構図であれば表現したいことが、うまく、より効果的に伝えられるかという結論にたどり着くには天性の才能を持つ者以外は、トライ&エラーを繰り返す場数が必要です。ならば日本画のように一枚の構図に全てを賭すことをせずとも、前後の関係を元に同様の操作が可能であるかを、次は漫画のケースから探ってみます。

Comic Strip 石森章太郎『幻魔大戦』より。©K.Hirai/K.Ishimori 1968

平井和正と石森章太郎の共作による漫画「幻魔大戦」は、そのままアニメのカット割りとして見ても成立する一コマずつを、映像カメラマンの目線で切り取っています。この見開きシーンは、ベガに追われる東と、追うベガの横顔のショットがカットバックで交互に入れ替わり、次第にカメラが寄っていき、ベガが距離を詰めてきている恐怖を心理的に表現しています。このように世界的に市民権を得ている大衆芸術「漫画」は、日本の映画制作に映像技術を駆使したレベルの画面構成が光っています。

Comic Strip ©1988 マッシュルーム/アキラ製作委員会

ここでアニメ作品の「設計図」となる絵コンテに照準を合わせます。この漫画的な「枠取り」がそのままカメラワークとして生かされて、そこに秒数やフレーム数の時間軸が与えられ、同じ規格のカメラフレーム内に収められたようなものと言えます。

さらに効果音や台詞が手書きで記入されています。昨今の傾向だと、絵コンテの構図はしっかりと取られていますが、描写という意味ではかなり簡素に描かれており、演出がキャラクターの演技やタイミング、そしてカットの性格を判断しながら、レイアウト担当やその他の作業者に振り分ける工程が取られています。

ここからの分担作業は、デジタルアニメ制作でなければ作業量が倍になることは容易に想像できます。演出は、レイアウト指示以外に、背景を描く美術へ発注する原図出しや、キャラクターの芝居のチェック、枚数や秒数のオーバーがありそうかなど、制作との打ち合わせで詰めます。制作には、製作委員会や監督からのリテイクを絵コンテに反映させたり、場合によっては外注にコンテ撮を依頼してビデオ・コンテにしたりと、絵コンテを基準とした工程が相当数発生します。

しかも、背景を描くのはPhotoshopだから、絵コンテからレイアウトを起こして、画角の指定とブック分けの指示が必要です。次にコンテ撮を行うには、社内であれば絵コンテをスキャンして、Premiereなどで連番に並べて編集して動画として書き出す必要があり、社外に発注するとこの作業に一週間かかった挙句、動画は納品されても、その間の連番画像は提供されなかったりします。

このことから明白なように、日本の「構図原理主義」とも呼べる構図/絵コンテ主導の制作には、関わる工程が日本画や漫画と比べて非常に多く、かつ常に修正要求に晒されてしまっています。この絵コンテ主導の制作工程について宮崎駿監督は「絵コンテって分担するから出てくるんで、分担しなければ、それは演出作業に入ってきちゃうでしょ」(宮崎駿「出発点 1979~1996年」徳間書店、p.455)と、興味深いコメントを残しています。

アニメーターの頭の中で作品のすべてのイメージができあがっていれば、絵コンテなんてなくてもいきなりレイアウトや原画から始められます。しかし反対に原作モノや大量生産が要求される作品においては、絵コンテは「設計図」という性格上、多くのスタッフと工程を経るため必要不可欠ですが、その分、修正の回数も増え、人的ミスが生じるかもしれないという両面性を孕んでいます。まさにこの点において、デジタルは強いと断言できます。

加筆・修正、タイミング調整、カメラワークの変更、画角の変更、3Dモデルの配置、ビデオ・コンテの書き出し、連番画像での書き出しなど、デジタルアニメ制作によって思いつくだけでも、これだけやれることが増えます。絵コンテ原理主義の考え方を取り払いさえすれば、絵コンテの段階で描き込みを増やしたり、CGや参考画像を取り込んだりして、より監督が考えるイメージに近づけて、そのままレイアウトとして機能し、原画作業へ入ってゆくこともできるのです。

若手アニメーターであれば、デジタルアニメーションのソフトウェアを使うことにためらいはないでしょう。世界のアニメ制作現場の80%が使っているToon Boonのデジタルツールは、制作したアニメーションと素材類は、Storyboard Pro、Harmony、Producerのソフトのそれぞれのソフト間で瞬時に共有されるため、プリプロダクションからポストプロダクションまで、スムーズに業務を進められます。オリジナル作品のアイデアであっても、様々な制作ツールと効率よく統合できるので、自分以外に関わる人々の時間と労力を気にすることなく、一人で絵コンテからビデオ・コンテを書き出して、プロデューサーに売り込むことだってできます。このようにクリエイターの可能性を広げてくれるのがデジタルアニメ制作の恩恵なのです。